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小中学生の不登校問題にAIができることとは――戸田市×内田洋行×PKSHA / AlgoNautで共同開発した「不登校予兆検知モデル」が教育現場にもたらした変化

PKSHA / AlgoNaut(※1)と内田洋行が連携し、戸田市と共に実証研究に取り組んだ「不登校予兆検知モデル」は、さまざまな教育データに基づいて不登校になる可能性が高い小中学生を検知し、教育現場における早期のケアを促します。

この記事では、「不登校予兆検知モデル」の実証研究に関わる3名に、実証研究の経緯と成果、今後の展望について聞きました。

※1 AlgoNaut ‥ PKSHA Technologyと東京海上ホールディングスの合弁会社で、データを活用した事業創出を推進する。

眞鍋 優(写真中央:PKSHA Technology AI Solution 事業本部 Business Development)
新卒でリクルートに入社後、採用戦略策定支援および採用管理ツールなどの新規事業開発に従事。その後のAccenture Strategyでは日系消費財系顧客の東南アジア進出支援にシンガポール等の現地オフィスで携わった。PKSHA入社後はAI Solution事業本部で数多くのプロジェクトマネジメントと新規ソリューション開発を担う。

市川 直樹(写真左:PKSHA Technology AI Solution 事業本部 アルゴリズムエンジニア)
新卒で経済産業省へ入省。コロナ発生後は内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室にて人流や感染者数等の分析業務に従事。その後、PKSHA Technologyへ参画。小売や保険など幅広い業界における予測アルゴリズムの開発を担当。また、LLMを使用したQA自動生成アルゴリズムの開発等も行いながら、多様なアルゴリズムを通じて業務の効率化・高付加価値化を推進。

岩井 智夢(写真右:PKSHA Technology AI Solution 事業本部 アルゴリズムエンジニア)
慶應義塾大学大学院修士課程理工学研究科にて深層学習モデルを利用した情報匿名化について研究。外資系投資銀行を経て、PKSHA Technologyにアルゴリズムエンジニアとして入社。金融・保険・HR領域を中心に、様々な業界の課題を解決する機械学習/深層学習ソリューションの開発を担当。Kaggleでは4枚の金メダルを保有しており、Kaggle Competitions Master。


児童生徒の早期ケアを促す不登校予兆検知モデルの開発経緯

――今回の取り組みの背景をお聞かせください。

眞鍋:今回PKSHA / AlgoNaut は、こども家庭庁が実施する「こどもデータ連携実証事業」において採択された戸田市様のもと、教育分野におけるデータ活用の実績が豊富な内田洋行様と共に実証研究に参画しています。

市川:小中学生の不登校児童生徒数は年々増加し続けており、2022年度には29万人を超えました。国もこれを重く受け止め、2023年度予算ではいじめ・不登校対策に85億円(※2)を充てています。この他にも子どもを取り巻く環境は、貧困・虐待などますます厳しさを増す一方、困難を抱える子どもや家庭ほどSOSを発することが難しいことからプッシュ型支援の重要性が指摘されています。こうした背景を踏まえ、こども家庭庁は、潜在的に支援が必要な子どもや家庭を把握し、プッシュ型・アウトリーチ型の支援を提供するためのデータ連携の実証事業に取り組む自治体を公募しました。本実証事業に応募した戸田市様がデータ分析等の業務について公募型プロポーザル方式の業者選定を実施され、今回、数多くの事業者の中から内田洋行様とPKSHA / AlgoNautを選んでいただいたことで、戸田市様や内田洋行様とともに、不登校になる可能性が高い児童生徒をAIで検知するモデルの実証及び社会実装に取り組むこととなりました。

※2 文部科学省|【資料3-2】⑨いじめ対策・不登校支援等総合推進事業

――どのように取り組みを進めていったのでしょうか。

岩井:最初に、そもそも解くべき課題は何かという点について協議をしながら理解を深めました。課題は不登校なのか、あるいはその要因の一つとなるいじめなのかという問いに始まり、さまざまな議論を深めることで関係者の目線や課題意識は徐々に揃っていきました。私たちはAIの社会実装の実績は持ち合わせていましたが、教育現場については戸田市様や内田洋行様のほうが多くの知見と実績を持たれていました。異なる分野のプロが互いに同じ方向を向けるよう、対話を重ねて信頼を築き上げていったことが、取り組みの基盤となりました。

市川:アルゴリズム開発においても連携が肝となりました。今回我々が開発した不登校予兆検知モデルでは、欠席・早退に限定せず、学力調査、教育相談、アンケートの結果など様々なデータを個人情報に配慮した上で使用します。最終的に数百種類の項目をPKSHAアルゴリズムモジュールに読み込ませていますが、現場のデータは当初、年度ごとに体裁がばらばらで、アルゴリズムで活用するためにまずデータの定義と整理に時間をかけて進める必要がありました。戸田市様や内田洋行様にもご尽力をいただき、データを正しく整備できたことで、我々はアルゴリズムの開発に着手することができました。

「不登校予兆検知モデル」は、PKSHA Security(PKSHA ReSearchで開発した独自のAIモジュールを、不正検知等に活かすソリューション)を活用しています。詳しくはこちら

システムの実用化にあたっては、検知の精度はもちろんのこと、「なぜその児童生徒を検知したのか」という根拠も必要になります。それぞれの子どもに的確なケアを現場で行っていただくために、検知された理由を知る必要があるからです。一般的にAIによる予測はブラックボックスになりがちで、予測結果の解釈は難しいのですが、今回のプロジェクトでは検知の結果をどのように解釈すべきか、検知の根拠となったデータを重要度順に可視化しました。可視化された根拠の読み取り方を戸田市の担当者様が学校現場の皆様にわかりやすく説明してくださったことで、多くの方に今回開発したモデルの学校での役立て方をご理解いただけたのではないかと思っています。戸田市様、内田洋行様、そして関連会社の皆様がひとつのチームとなったからこそ、アルゴリズムが現場で実際に活用されるところまで実現できました。

眞鍋:振り返れば、はじめは我々のドメイン知識が浅いこともあり、思ったように先方と対話が進まないシーンもありました。そんな中でも、この大きな社会課題に対して我々なりに真摯に向き合い、また戸田市様や内田洋行様も我々の試行錯誤に付き合い続けてくださったおかげで、最終的には全員の認識が一致し「PKSHAさんが言う方針でぜひ進めてみよう!」と関係各所の皆さまから認めていただいたことが、本取り組みの最終的な成果へと繋がったのではないかと感じています。

高精度な不登校予兆検知がもたらした教育現場の変化

――取り組みからどのような成果が得られましたか。

眞鍋:本取り組みは2023年11月、戸田市内のパイロット校での試行をスタートし、同年12月からは市内18校の小中学校へと展開を進めています。現場導入後、不登校予兆検知の信頼性は高いと回答いただいた学校が全体の約9割に達している状況です。また、同予測モデルで支援優先度が高いと判定された対象者に対して、学校側で人による絞り込みを実施した結果、新規で支援・見守りの必要があると判断され、校内のサポートルームへの接続に繋げることができたという成果も生まれました。また、本取り組みについて戸田市内の小学校にお伺いした際、校長先生が「毎日PCを開いて子どもたちの状況を確認するのが習慣になった」という話をしてくださり、実際の業務で使っていただいていることを実感しました。

岩井:本取り組みを通して、現場の働き方にも少しずつ変化が起きると考えています。学校ではケアが必要な子どもたちについて先生方が話しあう定例会議があると伺っていますが、これまではケアの対象に明確な基準を設定していた学校は少なかったと思います。本モデルを導入いただくことで、N点以上のスコアの児童生徒はケアの対象に含めるべきかを一度必ず個別確認とする、などの基準を作ることができ、先生方の検知の網を広げながら、必要な児童生徒に対して重点的にケアをすることができると考えています。ただし、データで捉えられる予兆には限界があり、不登校予兆検知モデルの精度は100%ではありません。そこで、先生方には、このモデルを活用しながらも、鵜呑みにすることなく、日々の業務で培われた観察力や児童生徒とのコミュニケーションを引き続き大切にしていただきたいと思っています。不登校予兆検知モデルが見逃す可能性のあるサインを、現場の知識で見逃さず発見することで、より多くの悩んでいる児童生徒に気づくことができると考えています。

――振り返って、今回の取り組みのどのような点にやりがいを感じましたか。

市川:私は官僚だった当時から、公共領域でのさらなるデータ活用と社会課題の解決に関心がありました。それが自分の手で実現できると感じた点がPKSHAに入社した理由でもあったため、今回の取り組みには個人的な想いとともに参画させていただきました。決して簡単ではない取り組みでしたが、アルゴリズムを通じて戸田市様が持つデータを子どもたちの一層のケア充実というかたちで活かすことができ、戸田市様とともに社会をより良い方向に前進させることができているという実感が私にとって大きなやりがいでした。また、分析に使用するデータには慎重な取扱いが必要な情報も含まれましたが、前職の業務で取り扱いは熟知していましたので、皆様に安心して活用いただけるアルゴリズムの設計・開発という観点で、前職の経験も活かせたと感じています。

岩井:私はもともと公教育領域の社会課題に対する関心が強く、今回のプロジェクトには特別強い想いを持って取り組んでいました。一人でも多くの悩んでいる子どもたちに手を届けられるよう、市川さんとミーティングを何度も繰り返しながら、数多くの試行錯誤を繰り返して精度改善に臨みました。今回のプロジェクトは大きな社会的意義があると思う一方で、「不登校を検知すること」を最終的なゴールとしては捉えていません。悩んでいる子どもを発見し、子どもたち一人一人の個別の状況を踏まえながら適切にケアをして悩みを解決していく事が大切だと考えています。

眞鍋:いじめや不登校は深刻な社会問題である一方、企業がその解決に一事業として取り組むには、あらゆる困難が立ちはだかります。そこに手を挙げ、実際に成果に繋げることのできる企業がどれだけあるだろうと考えると、今回の取り組みに携われたことは非常にいい機会でした。答えがない大きな社会課題に対して、チーム一丸となって試行錯誤できる、そのプロセス自体の面白さを再認識することができました。
また、個人的には市川さん、岩井さんと今回のテーマに取り組めたことは本当に良い経験となりました。「ひとりでも多くの子どもを救いたい」という気持ちをひとつにして、最後の最後まで精度改善に向けてアクションを積み重ねる姿勢は、社会実装にこだわり抜く、弊社のValueをまさしく体現していたと感じています。戸田市様や内田洋行様、協力会社様との関係性はもちろんですが、そんなPKSHAのメンバーとだからこそ、最終的な成果に繋げられたように思います。

市川:補足すると、眞鍋さんがアルゴリズムの中身まで理解しようと努めてくださったのはとても助かりました。AIの挙動を他者に解説するのはエンジニアからしても簡単ではないのですが、ご自身でまずしっかりと理解され、各関係者にわかりやすく説明してくださったことで、プロジェクトを常に安定して進めることができました。

不登校予兆検知モデルを全国の小中学校に広げていく

――今回の取り組みの先にある展望についてお聞かせください。

眞鍋:事業という観点で捉えると、官公庁/自治体の皆様との協業は、対民間企業とは異なる難しさがあります。特に今回は不登校の予兆検知というセンシティブな問題を取り扱うことからも、テーマ自体の先進性に加え、そもそもの是非が問われる形で世間の注目を大いに浴びました。実際に多くのWEBメディア/SNS等で議論が重ねられていました。テーマ上、まだ世間的な理解を得づらい部分もありますが、日々の見守りにおいて先生方が培われた経験と勘は引き続き活かしていただきつつ、AIがそれらを更に補完・補強することで、本当にケアを必要としている児童をひとりでも多く支援するための一助となる世界は、近い将来より普遍的なものになっていくものと考えています。

また、教育にまつわるデータは共通化できるものも多いため、今回の戸田市様のように、1つの自治体だけでなく、他の自治体も活用いただけるような形での事業化を検討しています。時間はかかるかもしれませんが、いつしか全国の小中学校で日常的に使っていただける日を目指し、一歩ずつ邁進できればと思います。

岩井:今回の取り組みは戸田市18校を対象に実施しましたが、将来的には公教育領域へのデータ利活用やアルゴリズムの社会実装を、全国に広げていきたいと考えています。教育現場でのデータ整備には数多くの課題が伴いますが、それらを乗り越えることで、不登校問題に限らず、子どもたちが抱える多様な悩みの解決や、個々に最適化された効率的な教育の提供を実現できると考えています。ただし、データ利活用においては、個人情報、プライバシーの保護やセキュリティ対策を徹底し、リスクを慎重に管理していくことが不可欠です。技術の進化がもたらす可能性を最大限に引き出しつつも、これらの課題には真摯に取り組み、安全で効果的な方法を模索し続けたいと考えています。

市川:今回の取り組みは、『人とソフトウエアの共進化』を体現するものだったと思います。AIがデータをもとにケアの対象となる児童生徒や対策を考える基準を示すことで、児童生徒のケアのあり方や、先生方の働き方が変わっていく流れを生み出すことができたからです。教育分野は個人情報の配慮など、AI活用にあたって留意すべき条件が多い領域かと思いますが、そうした領域で今回のような取り組み事例を創出できたことは、PKSHAとして今後の挑戦につながる、非常に意義があることだと考えています。今後もより良い社会の実現に向け、ソフトウエアを通じた社会課題解決に挑戦し続けていきます。

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