誰もが利便性高く公共交通機関を利用できる社会へ―Osaka Metroと共同開発した「AI見守りシステム」実用化に至った道のりを振り返る
2024年9月、Osaka MetroとPKSHAが共同開発した「AI見守りシステム」が56駅に導入されることが発表されました。本システムは、防犯カメラの映像に画像認識技術を用いることで白杖や車椅子をご利用のお客様の90%以上を検知することができます。
この記事では、本システムの開発及びプロジェクトの進行にあたったメンバーに、実用化までの経緯と成功要因、そして今後の展望について聞きました。
サポートを必要とする乗客を90%を超える高精度で検知――「AI見守りシステム」とは
――今回リリースされた「AI見守りシステム」の概要についてお聞かせください。
小武海:「AI見守りシステム」は、画像認識技術を用いることで防犯カメラに映る白杖や車いすをご利用のお客様を検知するシステムです。Osaka Metro様とPKSHAが約5年間の共同開発期間を経て、このたび実際の駅に導入される運びとなりました。
公共交通機関のお客様の中には、お身体が不自由であるなどの理由から、手伝いや見守りを必要とする方が一定数いらっしゃいます。鉄道各社はホームドアの設置をはじめとした安全な駅づくりに取り組んでいますが、快適な乗車においては、場合により駅員の直接的なサポートが不可欠です。一方、働き手不足問題の波は鉄道会社にも押し寄せており、駅員がより効率的に乗客のサポートにあたれるシステムが求められていました。「AI見守りシステム」は、こうした公共交通機関にまつわる諸問題を解決することを目指して開発されました。
――「AI見守りシステム」は、現状の課題をどの程度解決できるものなのでしょうか。
澤端:Osaka Metro様の地下鉄の駅構内では、地下鉄を車いす・白杖を使用するお客様が非常に多くおられる中、 限られた人数の係員で適切なサポートを実施する必要がありました。
そのような中、「AI見守りシステム」は、防犯カメラに映る白杖や車いすをご利用のお客様の90%以上を検知することができます。同システムを導入すれば、駅係員さんが車いす、白杖をご利用のお客様に早期に気づくことができ、必要なサポートを受けられるお客様が増えることで、公共交通機関を利用されるより多くのお客様に対し快適な乗車体験を提供することができます。
課題解決への熱意と、現場に足を運ぶ地道な検証が成功要因に
――開発期間において困難だったことは何ですか。
柿塚:もっとも時間をかけたのは、誤検知の低減です。開発初期のシステムでは、ベビーカーやシルバーカーが車いすとして検知されたり、白い柄の傘が白杖と検知されたりと、形状が似通っている別のものをサポートが必要な対象として検知してしまう問題が発生していました。特に、傘の誤検知は雨の日に不要なアラートを多く鳴らしてしまうので、実用化に向けて解決しなければならない大きな課題となりました。
――どのように解決したのでしょうか?
柿塚:先ほどお話した傘の例を挙げると、画像認識には様々なアルゴリズムがあるのですが、今回は特に細い形状の物体の微細な違いを見分けることに強みを持つ手法を採用しました。また、 複数のモデルを組み合わせることで、より正確に白杖を検知できるシステムへとブラッシュアップすることができました。
――実用化という観点では、現場の駅員の方にとって使いやすいかどうかも重要なポイントになると思いますが、その点はいかがですか。
加藤:駅員の皆さんが、このシステムを使うにあたってできるだけ何もしなくてもいいようにすることは心がけていました。たとえば、地下鉄の運行がない時間帯は自動的にシステムが終了し、翌日になったら自動的に起動する仕組みにしたり、再起動をかける際はボタンひとつで対応できるようにしたりと、さまざまな工夫を凝らしています。
――他のプロジェクトと比べた際、本プロジェクトならではの面白かった点があればお聞かせください。
柿塚:鉄道会社の防犯カメラの映像は、セキュリティレベルが極めて高いデータです。そのためクラウドではなくオンプレミスを採用し、インターネットにつなげられないという制約があるなかで、さまざまな課題を解決していったことは新鮮でした。現場を何度も訪ね、担当者の方々と議論を交わしてシステムを作り上げられたことは大変でもありましたが、面白くもありました。
加藤:Wi-Fiルーターを持参して、1日がかりでOSやソフトウエアのアップデートに対応したこともありましたね。また、安定性を高めるために、さまざまなOSとドライバーの組み合わせを試しながら調査したのは、個人的に面白かったところかもしれません。
――「AI見守りシステム」の実用化にあたって、Osaka Metro様との深い関係性が鍵となったと伺っています。その点についてはいかがですか。
澤端:Osaka Metro様の強い課題意識と熱量があったからこそ、本システムは実用化までたどりつけたと思います。特に未検知・誤検知をなくすための検証においては、人の目で防犯カメラの映像を確認する地道な作業が求められました。このプロセスにおいては、PKSHAメンバーだけでなくOsaka Metro様の担当者様にも数週間分かつ複数駅の映像をご確認いただき、未検知・誤検知の状況分析について多大なるご協力をいただきました。
特に実地での精度検証を積極的に進めていただいたことが大幅な精度向上に繋がったのだと思います。
柿塚:また、システム開発だけでなく、先方が日本鉄道技術協会誌に本取組の紹介記事を投稿する際のサポートをさせていただいたり、鉄道技術展という場に説明員として参加して技術紹介をしたりと、さまざまな方面で協力しあえたことで、Osaka Metro様の間に深い関係性を築けたのではないかと思います。
――システム開発という役割を超えた関係性を築いていたのですね。
柿塚:PKSHAでは、お客様との間に築かれた信頼を礎として、抽象的かつ柔らかい状態の悩みをご相談いただくことからプロジェクトが始まることが多いです。エンジニアもBizのメンバーとともにお客様の課題を言語化し、何を作るかゼロから考えていくことになるので、通常の受託開発ではスコープ外となるような範囲までご一緒させていただき、より多くの価値を生み出すことができると感じています。だからこそ、今回の「AI見守りシステム」のように、実験に留まらず実用化まで辿り着けることも多いのでしょう。
互いの力を活かしあったからこそ「AI見守りシステム」は形になった
――技術的な課題を解決するのに、社内のメンバーとはどういった形で協力をしていましたか。
澤端:PKSHAではアルゴリズムエンジニアが集って各案件について相談する機会が週3回用意されており、1人で解決できない課題もそこに持ち込めば過去の知見を総動員して解決できます。それに加えて、いつでも質問したら誰かが早急に答えてくれる社内メンバーの技術力の高さと雰囲気に助けられたという気がします。
また、PKSHA社内のアノテーションチーム(※)も今回の取り組みに大きく貢献してくれました。検知の精度を高めていくために何度かデータを作り直す必要があったのですが、アノテーションチームの迅速かつ正確な作業により、検証サイクルをより多く回せたと思います。
――「AI見守りシステム」に関わるコアメンバー間での連携では、どのようなことが印象的でしたか。
加藤:Bizの小武海さんは、お客様とエンジニアが適切に連携できるよう双方のコミュニケーションの橋渡しを円滑に進めてくださりました。特に今回は長期にわたるプロジェクトだったので、そこを支えてくださった小武海さんには、本当に感謝しています。
小武海:Bizがエンジニアの皆さんの生産性を最大化させることがPKSHAの価値を高めることにもつながると思っているのでまだまだ至らない点も多いですが、エンジニアの皆さんが技術以外のことに悩む時間を減らすことをいつも心がけています。一方で、こうして適切な役割分担ができるのは、ほかでもないエンジニアの皆さんの技術力に対する厚い信頼があるからです。こちらこそ感謝しています。
澤端:エンジニア間で言いますと、柿塚さんには入社当初からずっと毎週30分、1on1の時間をいただいていて、仕事の進め方などの相談を聞いてもらっています。複数案件が繁忙なときの乗り越え方などを教えてもらったことには、大変助けられました。また、加藤さんも私が出社した時には必ず「今はどんなことをやっているんですか?」と声をかけていただき、常に相談しやすい空気感、関係性を作っていただいていました。チームでプロジェクトに取り組んでいるという安心感が常にありましたね。
小武海:今回のプロジェクトを振り返ると、各技術領域に対して強みを持つメンバーのΔ(デルタ※)が非常に良い形で活かしあえたと思います。1つ例をあげると、誤検知の解消など技術的に困難な局面も協力しあって乗り越えていきました。誤検知の問題ひとつとっても、そこにはさまざまな要因が複雑に絡み合っています。メンバー同士で議論し協力し合いながらその本質を見抜き、各領域に専門性を持つメンバーが連携しながら最善策を打ち出すことができたからこそ、「AI見守りシステム」は実用化に至れたのだと思います。
「AI見守りシステム」は、誰もが生きやすい社会をつくる
――今後、「AI見守りシステム」の今後の展望について教えてください。
澤端:白杖や車いすを精度高く検知するシステムの開発は多くの初期コストと開発期間がかかりますし、精度を100%担保できないAIが実用的になるかも確証はなく、投資判断がなかなかできないのが当然の領域です。そんな中で、今回、Osaka Metro様が我々の技術力を信じて共同開発を決断してくださったおかげで、「AI見守りシステム」を世に送り出すことができました。
今回のプロジェクトに限らず弊社の画像認識技術を発展させていけば、白杖や車いすだけでなく、何かしらのサポートが必要なお客様をいちはやく検知できるようになりますし、このシステムのユースケースは駅員さんだけでなく、施設の警備員さんなどにも広げていけると確信しています。
AIを使って、すべての方が生きやすい社会を作っていく。そのひとつの成功事例を、今回Osaka Metro様とPKSHAによって作れたと自負しています。今後とも多くの環境で「AI見守りシステム」の利用を広げ、そのような方が生きやすい社会の実現に貢献していきたいです。
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